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コラム

#31 デジタル主権を巡る欧州と米国の対立
谷脇康彦(デジタル政策フォーラム代表幹事)

 デジタル主権(digital sovereignty)は必ずしも国際的に確立したコンセプトではないが、概して自国のデジタル資産(データや技術)を主体的に管理する仕組みのことをいう。2020年代に入り、欧州はデジタル主権、とりわけデータ主権確保の観点から次々に新たな規制枠組みを本格的に構築してきた。しかし、2025年1月に米国で第二期トランプ政権が発足して以来、デジタル主権を巡って欧州と米国の政策当局間に明確な対立が見えるようになってきている。本稿では、デジタル主権を巡る欧州と米国の対立について整理する。

欧州デジタル政策を批判する米国

 年初の政権発足以来、トランプ政権は欧州のデジタル関連規制について否定的な発言を繰り返している。

 具体的にはプラットフォーム事業者が提供するオンラインサービスを規制するDSA(Digital Service Act)や市場支配力を有するプラットフォーム事業者を規制するDMA(Digital Market Act)に加え、2026年夏に全面施行を予定しているAI法についても規制色が強すぎると主張し、欧州デジタル市場の閉鎖性を強く批判してきている。

 例えば、DMAに基づくゲートキーパー(市場占有率の高いプラットフォーマーとして指定され、自社優遇の禁止などドミナント規制が適用される事業者)は7社中5社が米国企業(GAFAM)であること、またDSAに基づくコンテンツモデレーション(違反コンテンツの削除)を含め、プラットフォーマーに課される規制コストが過重であると批判している[1]

 同様に、AI規制の是非についても欧州と米国の対立は先鋭化している。2025年2月にフランスで開催されたAIアクションサミットにおいて、欧州委員会のフォンデライアン委員長は「AIは安全であるという人々の確信を必要とする。これこそがAI法の目的だ。」と語り、欧州のAI法の意味を強調したのに対し、米国のバンス副大統領は「AI部門を過度に規制することは離陸途上にある革新的な産業を殺す(could kill)こととなる」として欧州の主張に真っ向から対立し、同サミットでの共同宣言に署名することを拒否した。ちなみに、本年7月にトランプ政権が発表した「AI行動計画」では、「同盟国等への米国AIの輸出促進」が主要項目の一つとして掲げられており、欧州のAI規制の見直しを強く迫ることで米国AIの主要な担い手であるプラットフォーム事業者を後押ししようという意図が読み取れる。

デジタルオムニバス提案

 欧州側にも悩みがある。米国のプラットフォーム事業者によって欧州市民の個人情報を含む機微情報が自由に収集・利用されている状況がさらに継続することは欧州の利益を損なう。そこで、デジタル主権という言葉を旗印に欧州自らのデジタル産業を発展させる必要があるという強い問題意識を持っている。例えば、2024年9月に公表されたドラギレポートでは、欧州のデジタル分野の遅れが米国との生産性格差の主因であり、スタートアップなどにリスクマネーを供給する環境整備[2]、AI利用を加速するための計算資源の確保、データ主権を守るためのソブリンクラウドへの投資などの対応策が盛り込まれている。これは、欧州がここ数年にわたりデジタル主権を守るためのデジタル規制枠組みの確立を目指してきたものの、DSAやDMAという規制をもってしても欧州市場での米国プラットフォーム事業者の勢いをそぐことができないという「無力感」と、欧州発の新しいデジタル企業を育てるには今のデジタル規制は厳しすぎるという「反省」が入り混じっている。

 こうした中、2025年11月、欧州委員会が新たに提案したのがデジタルオムニバスだ。この提案では、個人情報をAI学習データとして利用することを一定の条件の下で許容、高リスクAIに関する要件の緩和[3](これに伴いAI法該当部分の施行を最長2027年末まで延期)、デジタルIDウォレットの運用に関する規制緩和など多くの規制緩和や運用基準の緩和に関する項目が含まれている。

 ちなみに欧州委員会は「今回の提案は規制緩和ではなく、規制の簡素化を目的とするものである」という点を強調している。これはGDPRにおいて保護される個人情報の要件緩和など欧州市民の権利確保が損なわれるという市民団体などからの批判をかわす狙いがありそうだ。ともあれ、今回のデジタルオムニバス提案はいわば草案段階であり、今後、欧州議会や欧州理事会との調整を経て立法化されることとなっており、その動向を注視していく必要がある。

米プラットフォーマーとトランプ政権の微妙な関係

 このように、米国政府は欧州デジタル規制を市場の閉鎖性の観点から批判し、他方、欧州側からはデジタル規制そのものの見直し(簡素化)を進めようというデジタルオムニバス提案が出てくるなど、米プラットフォーム事業者の立場から見て好ましい動きが出てきている。

 では米プラットフォーム事業者はトランプ政権にどう向き合おうとしているのだろうか。思い出されるのは、第一期トランプ政権における通信品位法第230条の取り扱いだ。この条項は、SNS等を運営するプラットフォーマー等が行うコンテンツモデレーションに関する規定であり、SNS上で発信される情報について運営者は原則として責任を負わず、有害なコンテンツに対する削除等の対応(アクセスを制限するため誠実かつ任意にとった措置)に関して責任を問われないと規定されている。

 当時、トランプ政権あるいはその支持者の投稿する記事がフェイスブックやXから削除されたり、アカウントそのものが閉鎖される事案が多数発生したことを受け、2020年5月、トランプ大統領はプラットフォーム事業者による「オンラインの検閲の防止に関する大統領令(Executive Order on Preventing Censorship)」に署名。オンライン上での言論の自由を確保するため、プラットフォーマーによる「恣意的」なユーザー投稿の削除などの「私的検閲」を限定する方向での規制提案を行うよう関係機関に求めた。これを受けてFCCによる同条項の見直しなどの検討が進められていたが、検討途上の段階で民主党のバイデン政権に移行したため、大統領令に基づく見直し措置に関する検討はそこで終わることとなった。

 トランプ政権末期には米議会議事堂襲撃事件が発生したが、その際、メタはトランプ大統領が投稿した記事が暴力を助長する可能性が高いとして投稿を削除するとともにアカウントを停止した。これによりメタとトランプ側の関係は冷え込んだが、その後、アカウントは再開され関係は修復された。報道によるとトランプ大統領の第二期就任に際してプラットフォーム事業者各社はトランプ大統領に対して多額の寄付を行うなど政権との対決姿勢を避け、事業リスクを回避してきている。このため、通信品違法第230条を巡る対立が再燃することは現時点では可能性は低く、その分、トランプ政権の政治的な動きとして三大ネットワーク(NBC、ABC、CBS)など既存放送メディアに対する批判を強める展開を見せている。

デジタル主権は国家戦略そのもの

 以上みてきたように、欧州においてデジタル主権は産業政策や経済安全保障の観点から基軸となる考え方であり、デジタル政策は欧州市民の利益確保の観点から考えなければならないという明確な意図が感じられる。このデジタル主権にはデータ主権と技術主権という2つの要素が含まれるが、日本国内においてはデジタル政策や安全保障の文脈であまり議論されていない。

 また、2022年12月に閣議決定された国家安全保障戦略など主要三文書の見直しに政府は取り組むこととしているが、こうした議論の重要な一部分としてデジタル主権に関わる包括的な議論が行われることを期待したい。デジタル主権は国家戦略そのものである。


[1] 2025年3月にUSTRが公表した外国貿易障壁報告書(NTE: National Trade Estimate)などで言及。

[2]  欧州委員会は、2025年11月、数十億ユーロ規模のスケールアップ欧州基金(Scaleup European Fund)を官民資金により組成・運用し、先端技術を開発する欧州ベンチャー企業を支援する方針を明らかにしている。

[3]  AI法はAIのリスクを4段階に分け、高リスク(人の健康や安全、基本的人権、社会的・経済的利益に影響を与える可能性のあるもの)のAIについては要件に適合するかどうかの的合成評価を行うとともに、欧州委員会のデータベースへの登録などの厳しい規制が貸されることとなっている。ただし、事前にAIの規制リスクを客観的に評価することの難しさ、AI運用後のリスク変化の可能性など多くの検討すべき課題が指摘されている。

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